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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)240号 判決

控訴人(原告) 協和興業株式会社

被控訴人(被告) 国

訴訟代理人 加藤宏 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。館山税務署長が控訴人会社に対し、昭和二八年四月三〇日付を以て通知した昭和二七年度(昭和二七年九月より昭和二八年三月まで)分の源泉徴収利子所得税、同加算税、同利子税、延滞加算税及び昭和二九年三月三一日付を以て通知した昭和二八年度(昭和二八年四月より昭和二九年三月まで)分の源泉徴収利子所得税本税、同加算税等の各決定はいずれも無効であることを確認する。

被控訴人は控訴人会社に対し、四八万二、四五七円及びその内、金一〇万円に対して昭和二八年九月四日より、金三万円に対して昭和二九年八月一日より、金一万円に対して昭和三二年一一月一日より、金一万円に対して同年一二月一七日より、金三三万二、四五七円に対して昭和三六年八月五日より、それぞれ完済に至るまで百円につき一日金三銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、認否、援用は、当審において控訴代理人が証人安西節子の証言を援用したほか、原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

(証拠省略)

理由

控訴会社が、もと第一実業振興株式会社なる商号で本店を館山市北条一、七八一番地に置き、旧貸金業等の取締に関する法律(昭和二四年法律第一七〇号)及び同法廃止後は出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律(昭和二九年法律第一九五号)に基き大蔵省財務部長に届出をなし、受理第一九七号をもつて右届出の受理通知を受け、同財務部長等の指導、監督のもとに貸金業を営むことを目的としたいわゆる株主相互金融方式による商事会社であること、控訴会社は、株主相互金融方式による商事会社一般の例に従つて、増資の都度会社重役をして増資新株の引受をさせた後、その譲渡を斡旋して重役が引受けた右増資新株を消化することにより自己資金の増加を図る外に、他から金員を受入れ(それが株主その他の一定特定人からの借入金であつて消費貸借上の債務であるか否かはしばらく措く。)、これらを融資資金として営業を継続していたこと、控訴会社は昭和二七年度(同年九月より昭和二八年三月まで)及び昭和二八年度(同年四月より昭和二九年三月まで)を通じて右のように他から受入れた金銭に対する利子として合計金一九五万四、〇四六円の支払をしたこと、昭和二八年三月三日国税庁長官が直法一―三〇、直所一―一七国税局長宛通達を以て控訴会社主張の通りの趣旨を税務署に指示したこと、館山税務署長は右通達に基き控訴会社が支払つた右利子が所得税法第九条第一項第一号に規定する利子所得に該当するので同法第三七条により控訴会社に源泉徴収義務があるとして、昭和二八年四月三〇日付を以て昭和二七年度分の利子所得税本税一二万二、六四二円、同加算税三万円、同利子税八、二八〇円、延滞加算税二、七六〇円及び昭和二九年三月三一日付を以て昭和二八年度分の利子所得税本税一五万二、二二五円、同加算税三万二、〇〇〇円の納付をなすべきことを控訴会社に通知したこと、よつて控訴会社は昭和二八年九月三日金一〇万円、昭和二九年七月三一日金三万円、昭和三二年一〇月三一日及び同年一二月一六日各金一万円宛、以上合計一五万円を右両年度分の源泉徴収利子所得税本税の内金として館山税務署に納付し、残税額の納付をなさなかつたこと、その後被控訴人は昭和三六年八月四日館山税務署を通じて控訴会社に対し、同税務署長がさきに控訴会社に対してなした昭和二七年度分の源泉徴収配当所得税の通知処分を取消すとともに、その結果控訴会社が返還を受くべき同年度分の既納付配当所得税額三一万四、六六九円及びこれに対する還付加算金二三万五、五一〇円、以上合計五五万一七九円のうち三三万二、四五七円をもつて前記源泉徴収利子所得税本税、同加算税、同利子税、延滞加算税の未納付分に充当したことは何れも当事者間に争がない。

よつて、本件利子が所得税法に所謂預金の利子に該当するか否かについて判断する。

思うに、預金は、銀行その他の金融機関に対する預金にみられるように、通常、銀行等の金融機関が不特定多数の相手方、即ち預金者に対し同額の金銭の返還を約して預金者から預託を受けた金銭であつて、受入れた金銭自体をそのまま保管するのではなく、これを消費し、その返還に当つては同額の金銭を以てすればよいのであるから、民法第六六六条の消費寄託の性質を有するものというべく、所得税法第九条第一項第一号に所謂預金も右同様消費寄託の性質を有する金銭と解するのが相当である。そしてこのような預金は所謂借入金即ち金銭の消費貸借とは、両者が何れも同額の金銭の返還を約してなされた金銭の受入れであつて、受入れた金銭を消費し得る点では同様であり、従つて消費貸借に関する規定が準用されるが、他方において預金者のために金銭的価値の保管を目的とする寄託たる性質を有する故に、消費貸借の場合と異り、契約に返還の時期を定めないときは預金者は何時でも返還を請求しうることが認められるのである(民法第六六六条但書)。銀行等の金融機関の預金には、返還時期を定めた定期預金のほかに、返還時期を定めない当座預金、普通預金なる類型があるが、これらの預金にあつては預金者は右法条により何時でも返還を請求することができるのである。ところで、何れも成立(乙第一、二号証は原本の存在共)に争のない甲第五号証、乙第一ないし第三号証、第五ないし第八号証、原審及び当審証人安西節子の証言並びに原審における控訴会社代表者石川数一本人尋問(第一、二回)の結果(但し、何れも後記信用しない部分を除く)に当事者間に争のない前記各事実を綜合すると、次の事実が認められる。即ち、控訴会社は所謂株主相互金融方式により払込を受ける株式代金などだけではその営業資金が不充分であつたので昭和二七、八年度において右株式代金の払込以外の方法で顧客から右資金の吸収に努めたこと、そのため控訴会社は広く一般に対し控訴会社に対する金銭の醵出が顧客にとつて「安全且つ有利な投資」であることや、顧客は控訴会社に金銭を「何時でも入れて約束の日には必ず出せる」ことなどを広告宣伝して顧客の勧誘に当つたこと、控訴会社では会社幹部から従業員の末端に至る迄殆んど全員が夫々の親戚、友人、知合その他何らかの関係を頼つて顧客の獲得に努め、可及的多量の資金の吸収を図つたこと、そして右両年度中に顧客四十数名から合計三千九百余万円の金銭を受入れたこと、控訴会社がかようにして吸収した金銭の受入れの形態ないし方法としては、(イ)顧客の申出に基き予め三ケ月又は六ケ月などと一定の返還期限を定めた金銭の受入れで、一ケ月につき三分前後の利率による利息の支払を約し、且つ受入金額、支払期日、利率などを明示して金銭受入れの事実を証するため予め印刷して用意された乙第五号証のような形態の証書又は約束手形を顧客に交付するもの(但し、期限前でも顧客の要求により元本の五分に当る手数料を徴収して返還に応ずる)及び(ロ)顧客から随時受入れ、その要求により何時でも自由にその全部又は一部の払戻しに応ずる金銭の受入れで、日歩一〇銭程度の利率による利息を付し、且つ受入れ又は払戻の都度その受払金銭とともに残高をも記入できる上数十回の取引の結果をも明らかにできるように予め印刷して用意された乙第三号証のような通帳を顧客に交付するもので、控訴会社の従業員間において「自由貯金」と呼ばれていたものなどがあつたこと、控訴会社がかような方法により受入れた金銭の返還債務につき前記両年度中顧客に対し人的もしくは物的のいかなる担保も提供された形跡がないこと、本件利子の大部分は控訴会社が以上のようにして受入れた金銭に対し支払われたものであることが夫々認められ、右認定に反する原審及び当審証人安西節子の証言並びに原審における控訴会社代表者石川数一本人尋問(第一、二回)の結果は何れも信用し難く、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

そこで、右認定事実について考えるに、控訴会社が受入れた金銭は、同会社において後日これと同額の金銭の返還を約してなされたものであり、控訴会社がこれを消費し得るものであることは疑いなく、従つてその点では金銭の消費貸借と性質を共通にするものということができるけれども、それが右認定のような広告、宣伝その他の活動によつて誘引された不特定多数の者から受入れたものであり、且つどの顧客との間でも一様に(イ)顧客の申出に基き三ケ月又は六ケ月などと比較的短期間の返還期限を定めて受入れられたり、又(ロ)随時受入れ、顧客の要求により何時でも自由にその全部又は一部の払戻しに応ずるものであつたりなどする点は、銀行等の金融機関に対する定期預金や普通預金にみられるように、右(イ)の点は顧客の貯蓄又は利殖の目的に、(ロ)の点は顧客の小口且つ簡易な貯蓄などの目的に適した金銭受入れの形態であつて、殊に(ロ)の形態は、返還時期を定めない消費寄託の特徴を具えたものであり、又(イ)の形態にあつても、前認定のように顧客は手数料を支払つて期限前でも必要な時に払戻しができる点などからみて、それらの方法による金銭受入れは顧客から醵出された金銭の価値の保管を内容とするものと認めるのが相当である。のみならず、控訴会社が受入れた金銭が借入金であるならば、右金銭を醵出しようとする顧客において該金銭の返還を受けることにつき多少とも不安を抱く場合がないとは考えられないから控訴会社に対し人的もしくは物的の担保を徴すべき筈であるのに、かような担保を徴した形跡が全くないのであるから、この点からみても控訴会社は顧客から金銭をその価値の安全な保管を本旨として受入れたものと考えるのが相当である。従つて、控訴会社が顧客から前記の方法でなした金銭の受入れは、消費貸借ではなく、消費寄託の性質を有するものというべきである。

尤も、前示甲第五号証、乙第三号証、第五号証、第八号証、何れも成立に争のない甲第六号証、第七号証の二ないし八、公証人作成部分の成立に争がなく原審における控訴会社代表者石川数一本人尋問の結果(第二回)によりその余の部分の成立を認める甲第九号証の一ないし七二、前示安西証人の証言(原審及び当審)並びに控訴会社代表者石川数一本人尋問の結果(原審第一、二回)によれば、控訴会社は前記のような方法によつて金銭を受入れるについて、終始右金銭は顧客から借入れるものであるとの建前をとり、顧客に対して交付した前記証書(乙第五号証)や通帳(乙第三号証)に右趣旨を明記したのはもとより、会社経理上もこれを借入金なる名称を用いて記録整理していたことが認められる。しかし乍ら、具体的契約の性質を認定するに当つては、当事者が当該契約に付けた名称にこだわることなく、当該契約の実質的内容に即して判断すべきことは多言を要しないところ、前示安西証人の証言(原審及び当審)、控訴会社代表者石川数一本人尋問の結果(原審第二回)によると、控訴会社が用いた借入金なる名称は、当時効力を有した前記貸金業等の取締に関する法律などの金融関係法令上、控訴会社のような貸金者は一般に預り金をすることが禁止されていた(同法第七条参照)ことに対する配慮から、該禁止に一応抵触しないかのような金銭受入れの方法として考えられたものであることを推察し得るから、右のような名称を用いていたことは、控訴会社がなした金銭の受入れを消費寄託と認定するさまたげとはならない。

以上の次第で、控訴会社が前記両年度中に顧客から前記(イ)、(ロ)の方法によつて受入れた金銭は、消費寄託の性質を有するものというべく、所得税法第九条第一項第一号に規定する預金に該当するものであるから、これに対し控訴会社が右両年度中に支払つた利子を同法条に所謂利子所得に該当するものと認め、同法第三七条に則り控訴会社に利子所得税の源泉徴収義務があるとしてなした本件課税処分は、右の方法によつて受入れた金銭に対し支払がなされた利子に関する限り適法であつて、これを無効とすべき理由はない。そして本件利子の大部分は控訴会社が右の方法により受入れた金銭に対し支払われたものであることは前認定のとおりである。尤も、前示甲第五号証、乙第八号証によれば、控訴会社が前記両年度中に他から受入れた金銭合計三千九百余万円の中には、同会社が従業員中一、二の者から一回数十万円宛の金銭を数日間限り日歩三〇銭程度の高金利を付してしばしば受入れたり、或いは二、三の会社役員から数十万円の金銭を受入れ、可成り長期間に亘つてその返還をなさないでいるものも含まれていることが窺われ、それらが前記(イ)、(ロ)の金銭受入れ方法とやや趣きを異にした受入れ方法による点で、或いは控訴会社主張のように消費貸借の性質を有するのではないかと疑う余地が全くないわけではなく、同号証によれば本件利子中には一部右のような金銭の受入れに対して支払われた利子も包含されていることが認められるけれども、仮に右受入れの金銭は預金ではないと認むべきものであるとしても、それがため本件課税処分全体に明白な瑕疵があるとはいえないから、右金銭をも預金とみなして控訴会社に本件利子全部につき利子所得税の源泉徴収義務があるとしてなした本件課税処分全部が無効となるとはいえない。

よつて、本件課税処分の無効確認と右処分に基き納付した税額の返還を求める控訴会社の本訴請求は失当であるからこれを棄却すべく、これと同趣旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菊池庚子三 花渕精一 山田忠治)

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